研究の自由・独立


研究の自由・独立

本書は、大学の現状と方向性を、筆者の経験をもとにエッセイ風にまとめたものです。筆者は、まだフルタイムの現役の大学教授をやっているので、所属する大学や付属機関のことの詳細に関しては、守秘義務がありますから、一般論で書くしかありません。私たち大学の教員とスタッフが、日々業務をこなすときには、膨大な量の個人情報や機密事項を扱い、そのようなことまで、軽々しくオープンにすることはできないからです。と言っても、問題の所在をはぐらかすわけではありません。

現に、毎年年度末になると、シュレッダー専門の車両が来て、各スタッフは、機密書類などをダンボールに入れて持ち込み、処理してもらいます。仲村輝彦の場合だと、機密書類は大きめのダンボール三か四つに相当するといいます。個人情報や機密文書をUSBに入れて持ち歩くことは原則禁止で、メールに添付することも同様です――仲村がそう思っているだけで、規程上どうなっているのかは、実際のところ知りません。先日、仲村がある自治体関係の方と雑談していたら、「うちの職場はUSBの持ち歩きと、メール添付は禁止」と言っていたと言います。

先日、ある学会で、仲村教授が懇意にしている人と雑談していましたが、その時の会話です。相手は早坂一郎と言います。

「仲村先生、大学の研究って、こんなものでいいのでしょうか」早坂準教授は、キャンパスの大きな銀杏の木の下のベンチに腰かけて、ため息ながらに言います。

「うーん。早坂先生。業績を積み重ねて、上位の職階に登るのが使命ですから。大学の教師といっても、普通のサラリーマンと、職能的、形式的には何ら変わりはありませんよ。女房、子どもを養わなければならないし、こういう言い方は問題ですか、何かとお金が必要な世の中、大学の方針に従うしかないでしょう」

「そうはっきり言われると・・・・・・でも、点数稼ぎで研究発表をやると、研究の質が低下します。データ改ざんにつながるのは、基本的にそういう原因からではないでしょうか。研究がポイントに換算されることを考えて論文を書くのは邪道です」

研究正義感の強い早坂準教授は語気を強めて続けます。iPS細胞の中山教授の研究室でも、ついにデータ改ざんが発覚しました。新聞報道によれば、人工多能性幹細胞(iPS細胞)に関する論文で不正が見つかり、論文の図が捏造・改ざんされており、京大は掲載した出版社に論文の撤回を申請したというものです。(2018年1月22日)

「先行研究を並べ立てて、しかも学会の重鎮の説には逆らわないように。それを無視すると、いかに社会のニーズに対応した研究でも価値がない、けしからんとなる」

仲村教授は、この準教授の青臭さに多少腹を立てて、

「まあ、しかし、それは有名になるために払わなければならない有名税みたいなもので、教授になったら、自由に自説を唱えることが出来るのではないですか。先生の仰る正義感はポストを手にしてからでも十分じゃないですか。先生の言うことはごもっともだと思いますがね」

仲村教授よりも若い早坂準教授は、顔を曇らせます。

「学会の研究の枠の中でしか、世界を見ることができなくなってしまいます。そういう癖がついてしまうと、もう足を洗えません」

准教授は自説を曲げません。仲村教授は、教授職にありますから、早坂の悩みはもう過去のことです。

「大学の研究は、世間の下世話から自立していないといけないと思うのです」

准教授は、食い下がります。

「仰るとおり。学問の独立・自由ですね」

このあと会話が続きますが、いきなり、深みに入るのはやめて、次に、この本の趣旨を述べたいと思います。もうお分かりでしょうが、以下、ノンフィクションとフィクションの中間のような形で、話を続けることになります。(続く) お問い合わせ

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